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しあわせの音

VOCALOID・UTAUキャラ二次創作サイトです

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Retreat into oneself

 かなーり前の、UTAUのSNS内でのあしあとリクのお話です。許可をいただけたので転載をば。
 ツキコヨ。×でも&でもいける、かな?
 糖分は低め。シリアスになり損なったしんみり具合です。






 いつも、詩を聞こうと寄ってくる少年。 けれどこの日は、どこか様子がおかしかった。



Retreat into oneself




「ツキくん……詩なら詠まないよ?」
 共有ルームで、一人詩を詠んでいたときにツキは姿を現した。
 彼の前では、なぜか詩が詠めなくなってしまう。
 コヨーテは困って、先にそう言っておいた。
 けれど今日のツキはずっと押し黙り、何かを考えているようだった。
 詩を聞きにきたようには、見えなかった。
 気にせず楽譜でも見ていればいいのかもしれないけれど、目の前の席に座られていたらどうしても気になってしまう。
 どうしたらいいのか、困りきっていると。
「これ」
 唐突にそれだけ言って、ツキは何かを突きつけてきた。
 見ると、文字がずらっと書かれている。
 韻を踏んでいる、その詩のようなものは。
「歌詞カード?」
 コヨーテは思い当たり、確認する。
「マスターが歌わせてくれる、新曲」
「そう、良かったね」
 事実だけを告げるツキに、コヨーテは微笑んで言った。
 皆が歌わせてもらえるのを見るのは、すごく嬉しい。
 何よりも皆、歌が好きだから。そんな彼らの歌を聴くことはとても気持ちが良かった。
 けれど肝心のツキはあまり嬉しそうには見えない。

「どうか、したの?」
 コヨーテは心配になって、思わず訊いてしまった。
「……意味分かんねぇんだ、全然」
 ポツリと、ツキはこぼし出す。
「言葉は調べればいいけど、そういうんじゃなくて。
 感情……っつうのかな。
 歌われてる気持ちが、理解できねぇんだ」
 ツキは立てている膝に額を当てる。
 焦り、苛立ち。そんなものが声から表情から伝わってくる。
「それで、元気ないの?」
 コヨーテは重ねて問う。
 今日はずっと様子がおかしかった。
 歌詞の意味が分からないことが理由なら、意味が分かれば元気は戻る。
「だって、ムカつくじゃんか」
 ツキはバッと顔を上げた。
「歌に気持ちがこもってなかったら、それは歌って言えねぇのに。
 どんな気持ちを込めたらいいか分かんないなんてよ」
 顔をしかめて、悔しそうに言い募る。
 理解できない自分への怒りがあるのだろう。
 UTAUは歌声合成ソフトで、自分たちは音源だ。
 マスターがどう歌わせるのかが重要なのであって、UTAUシンガーが歌詞を理解していなくても、問題はない。
 もっともそんな論理的な考えでは、心は納得することはできないだろう。
 ツキが欲しがっている言葉は、もっと違うものだと思う。

「歌詞、見せてもらえるかな?」
 コヨーテは控えめに尋ねてみる。
 突きつけられたときは、見ていいものか分からずに文字を追わなかった。
 もう一度、今度はじっくり読ませてもらいたい。
 力になれるかもしれないから。
「ああ、見てもらいたくて持ってきたんだし」
「私に分かるとは限らないけど……」
 自信のなさが前面に出て、口ごもってしまう。
「お前なら知ってる気がしたんだ。
 詩、いつも詠んでるし。
 なんとなく、な」
 ツキはニカッと明るく笑った。
「あ、ありがとう」
 つられてコヨーテもはにかむ。
 そう、力になれるかもしれないと思った理由は、まさしく詩だった。
 コヨーテが進んで詠む詩は、叙情的なものが多い。
 感情の表現方法も多様で、複雑なものもある。
 詩と詞は違うけれど、似ている部分もあるのだから、ヒントくらいは分かるかもしれない。
「ほらこれ。頼むな」
 そう言ってツキは歌詞カードを手渡してくれた。
 がんばろう。
 どんな小さな感情でも、読み飛ばさないようにしよう。
 真剣なツキに影響を受けて、コヨーテはそう思いながら歌詞を見た。
 読み進めていくうちに、言葉にならないつらさが胸をしめつけて。
 それでも最後まで、コヨーテは読みきった。

「何泣きそうな顔してんだよ!?」
 顔を上げたコヨーテを見て、ツキが驚きの声を発する。
「だって……」
 喉が焼けるような感覚。うまく声が出てこない。
「どっか痛いのか? 大丈夫か!?」
「だい、じょうぶです……ただ。
 詞が、悲しくて……」
 わたわたとあわてるツキに、コヨーテはそう語る。
「大事にしてた卵が割れちまっただけの詞が?」
 たしかに、表面上はそんな歌詞だ。
 けれど物には裏がある。

「卵はね、たぶん隠喩なの」
 泣かないようにまばたきもせずに、コヨーテは言った。
 伝えなくては。
 言葉の裏に隠されたこの詞の意味を。
「その人が大事にしてたのは、信念とか、きっとそういうもの。
 白い卵、って限定されてるのは『白が正しい』ってことを表してるんだと思う。潔白、とか」
 ツキは静かに聞き入っている。
 コヨーテにできることは、読み取った解釈を話すことだ。
 合っているかは分からない。
 間違っているかもしれない。
 それでも話すことが使命のように思えた。
「卵は固そうに見えてもろいから。
 大切に大切にしすぎて、周りのことも考えないで、自分の信念を貫いて。
 いつの間にか、何より大切してきた信念を裏切るようなことをしているのに、気づかなくて。
 孵化と不可をかけて、卵は孵ることなく割れちゃうの。
 韻を残さず、っていうのは印とつなげてて、そこにあったというしるしすら残さずに、ってこと」
 何度も泣きそうになりながら、それでもすべて話し終えた。

「すごくすごく、悲しい詞だよ……」
 大切にしていた思いが消えてしまうことは、どんなにつらいことだろう。
 まるで初めからなかったかのように、形が残ることもなく。
 コヨーテは失いたくない。
 喜びも悲しみも痛みも。詩も、詩に込められたどんな思いでさえも。
「お前……すげぇな」
 ツキは呆然とした様子で呟いた。
「すごくなんて、ない」
 ふるふると首を横に振る。
 コヨーテの解釈が合っているとは限らない。
 ただ、綴られた詞から、隠喩ならどういった意味を示しているのかを予想しただけだ。
「オレ、どんだけ考えても分かんなかったってのに」
 ツキは羨ましそうな視線を向けてくる。
 それに応えられるだけの自信がなくて、コヨーテはうつむいた。

「……お前さ~、きっと誰より感情が豊かなんじゃね?」
 何を思ったか、ツキがそんなことを言い出す。
 否定しようと顔を上げると、朗らかな笑顔がすぐ近くにあった。
「音階もリズムもない文字から、それだけ読み取れるのって、カッコイイぜ」
 身を乗り出して褒めるツキには、何の作意も見当たらなかった。
 そう思ったから口にした。
 単純明快な理由だけがそこにはあった。
「お前は違うって言うかもしんねぇけどさ。
 自信、持てよ」
 肩をぽんっと軽く叩かれ、コヨーテは縮こまる。
 励ましてくれているのだと、分かって。
 分かったところで、そんなこと自分には、
「無理、だよ……」
 としか言えなくて。
 自分に自信が持てない。
 評価する声すら信じることができずに。
 ただ、好きな詩に逃げている。
 ツキのまっすぐ見つめてくる瞳が、怖い。
 すべて暴かれてしまいそうな気がする。

「あんま頑なだと、お前も卵割るぞ?」

「ふえ?」
 ツキの唐突な言葉に、思わず間抜けな声をもらしてしまう。
 卵? ……あの歌詞にあった?
「自分の可能性、自分でつぶしちまうなよな」
 ツキのまなざしが、あまりに真剣で。
 コヨーテは思いきり顔を背けてしまった。
「オレが言いたいのは、それだけ。
 意味教えてくれてありがとな」
 返事をすることも、頷くことさえできず。
 ツキがその場を去るまで、コヨーテは指一本動かすことができなかった。



 彼の言葉は大きい。
 絶大な影響力と、無視できないほどの引力があって。
 感化され始めていることを、まだ認められずにいる自分が、そこにいた。






 ツキコヨだからと糖度高めにしようと思ってたのに、なぜかしんみりしちゃったという不思議なお話。
 UTAUシンガーさんは無条件で『歌』や『音』の優先度が高いイメージ(というか脳内設定?)なのですが、コヨーテは例外で『言葉』寄りだったりしたら、いいなぁなんて。
 ツッキーは根は素直な子だと思うので、そんなコヨーテをすごいなぁって思ってたりして。でもコヨ自身がおどおどしてるから、少しやきもき、とか。
 ちなみに卵の歌詞、元は特にありません。暗喩とかがんばって考えてみたけど、違和感てんこもりです……。
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