VOCALOID・UTAUキャラ二次創作サイトです
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memory
初・VOCALOID小説にて、初・カイミク。 悶々兄さん。
「お兄ちゃん!」
元気に跳ねるようなソプラノがKAITOの耳に届く。
届く、と言っても実体化していない今は聴覚が存在しないのだから、電波のようなものだ。
それでも彼女の独特の声をデータ化したそれは、耳に心地良く響いた。
「ミク、どうかした?」
KAITOは振り返り、フォルダの入り口に立っているミクに微笑みかける。
今日はマスターがフリーの日で、思う存分ミクのレッスンをすると意気込んでいた。
その、当の本人がこんなところにいていいのだろうか?
青年の懸念も知らず、少女は子犬のように瞳を輝かせて駆け寄ってくる。
「あのね、あのね!
マスターに新しい曲を作ってもらったの!!」
手を組んでミクは本当に嬉しそうに語る。
彼女の様子を微笑ましく思いながら、ああ、と声をもらした。
「知ってるよ。
ここ数日、マスターが頭を抱えてたからね。
『ラストが格好良く決まらない』って」
何度も打ち込んでは消去し、打ち込んでは首をひねる。
しまいにはパソコンの前で寝てしまったから、実体化して毛布をかけてあげた。
熱中するとその他のことが疎かになるマスターは、放っておけない。
こうやっていちいち世話を焼くから、姉に『主婦みたい』などとからかわれるのかもしれない。
「そ、そうだったの?」
ミクはきょとんとKAITOを見上げる。
マスターはいつも曲が完成するまで、当人には伝えない。
ただ単純に、驚かせたい、という悪戯っ子のような思考回路だ。
「うん。マスターは妥協をしない人だから」
頷いて柔らかく笑めば、ミクもふんわりと笑った。
「嬉しいなぁ」
その表情に胸が高鳴ったように錯覚するのは、未だに慣れない感覚だった。
「マスター、すんごくがんばって作ってくれたんだよね」
ふふ、と少女は楽しげな声をこぼす。
きっと『がんばる』マスターを想像しているのだろう。
「そうだよ。
だから、その努力の結晶をミクがちゃんと完成させないとね」
あくまで顔には笑みを貼り付けたまま、彼女の背を押すようなことを言う。
人によってはプレッシャーになる言葉でも、ミクはたやすくエネルギーに変換してしまえる。
「うん!! 私もがんばらなくっちゃね!」
握りこぶしを作って、やる気満々といった様子だ。
そんなミクにKAITOはそっと手を伸ばす。
「大丈夫、ミクならできるよ」
「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」
波立つ気持ちを落ち着かせようと頭をなでたのに、それは逆効果だったようだ。
くすぐったそうに笑うミクから目が離せなくなっていた。
「あ、それでね?
まだほとんど覚えてないんだけど、サビがすっごく気に入っちゃって!
そこだけ先に歌えるようにしてもらっちゃったの」
ミクが顔を上げて、話を続ける。
どうやら新しい曲が嬉しくて報告に来ただけではないようだ。
「マスターに頼んで?」
からかい調子でKAITOは尋ねる。
少女はうっ、と言葉に詰まってから、恐る恐る覗き込んできた。
「う、うん。やっぱりいけなかった、かな?」
こてん、と首をかしげて訊いてくる。不安げに揺れる翡翠の瞳。
人工的な外見の中で一番“生”を感じさせる色が、今は自分だけに向けられている。
「ミクのために作った曲を、本人に気に入ってもらえたんだ。
マスターのことだからきっと喜んでるよ」
ね? と考えを断ち切るように穏やかに微笑みかけた。
「確かにそうかも」
KAITOの言葉に安心したのか、ミクは表情を和らげる。
それから何か思い出したように彼の袖を引いた。
「あのね、そのサビをお兄ちゃんに聞いてもらいたくって。
……ダメかな?」
甘えを含んだ声音。元より断られるとは思っていないのだろう。
そしてそれは、間違いではないのだけれど。
「嬉しいな。そのためにわざわざ覚えてくれたんだね」
「だって、絶対お兄ちゃんに聞かせたかったんだもん!!」
KAITOが喜びを伝えると、少女は力強く頷いた。
自分のために一生懸命になってくれるミクが可愛くて、少しだけ憎らしい。
彼女が歌を聞いてほしいのは、“兄”であるKAITOでしかないのだから。
「ミクがせっかくがんばってくれたのに、断るわけないだろう?
僕はミクの歌が大好きなんだから」
『歌が』と、こんな些細な会話ですら自制する。
少女はそんなことには気づかず、ありがとう、と花のような笑顔で言った。
「じゃあ、歌うね」
ふっとミクが息を吸うと、彼女を包む空気が澄んだものに変わる。
紡がれる音はガラスをはじいたように高く透明な声だった。
――悲しみを優しさで癒して
苦しみを温もりで和らげ
涙でぬれた私の頬を
あなたはそっと包んでくれた
いつも、いつだってあなたは
私を笑顔にしてくれた
どんな、どれだけつらい時も
私を支えていてくれた
ありがとう私の優しいナイト――
歌の流れから言って、きっとサビの前から教えてもらったのだろう。
軽快なリズムは間違いなくポップスだけれど、どこか優しいメロディー。
マスターの作る曲はどれもとても綺麗で。
マスターの書く詩はどれもとても優しい。
まるで、ミクみたいだと思った。
教えてもらったばかりだと分かる、初々しいところまで全て。
「どうかな? お兄ちゃん」
音がまだ整っていないことに自ら気づいているのだろう。
恥ずかしそうにこちらをうかがう大きな瞳には、期待と不安が入り混じっていた。
「うん。すごくいいと思うよ。
ミクの声とも良く合ってる曲だね」
安心させるように笑みを向け、素直に褒める。
マスターは自分たちの声質の癖を十分理解していた。
誰にでも得意不得意はあって、それはVOCALOIDも例外ではないと。
だから毎回、個性を最大限に活かせるような曲を作ってくれる。
何より、とKAITOは思う。
歌声にミクの感情がこもっている。
VOCALOIDには歌により深みを持たせるために感情がある。
正確には、人間で言うところの感情というプログラムが組み込まれている。
楽しい、嬉しい、面白い。悲しい、寂しい、つらい。
人と同じものを感じ、歌に反映させることによって、より表現の幅が広がる。
現実世界の人間と比べても遜色ないほどの、豊かな表現力。
ただ音をなぞるだけではない。心を込めて『歌う』ことができるように。
……たとえ紛い物だとしても、喜怒哀楽があるのだ。
「ミクは誰かお礼が言いたい人がいるのかな?」
背を曲げて少女と目を合わせ、問う。
感情がこもっている、ということは、共感……シンクロするところがあった可能性が高い。
サビで謝辞を述べているのだから、たぶんこの歌のテーマの一つではあるはずだ。
ミクは大きく頷くと、にぱっと笑って口を開く。
「もちろん、お兄ちゃんに!」
「……え?」
普通に考えたらマスターだろうな、と予想していたKAITOは、彼女の回答に固まる。
感謝の思いを伝えたい相手が、自分?
「だってね、この歌詞の最初の方。
『人の言葉に傷ついた時、誰も信じられなくなった時、自分が嫌いになった時、決まってあなたは傍にいた』」
胸に手を当てて、記録していたのだろう歌詞を、歌わずに呟く。
キラキラと輝く瞳が伏せられ、長い睫毛にKAITOの鼓動は早まった。
無邪気で無防備な少女は兄の変化に気づくことはない。
「これって、私にとってのお兄ちゃんだもん」
幸せをかみ締めるように、大切な言葉を紡ぐように。
――まるで、好きな人に想いを伝えるかのように、少し恥ずかしそうに、けれど満ち足りた声音で。
聞いては駄目だと、遮断しなくてはと思うのに、うまく操作が利かない。
「下手って言われた時も、マスターすら信じられなくなった時も、上手に歌えない自分が嫌になった時も。
いつも、お兄ちゃんが傍にいて、助けてくれたから」
変わらず瞼を閉じたまま、その時のことを思い出しているのか柔らかなを表情をしている。
「だから、一番に聞かせたかったの。
ありがとう、私の優しいお兄ちゃん」
花がほころぶような笑顔と共に、眩しいくらいの緑青の双眸に出会う。
どんな価値のある宝石よりも綺麗な輝きを宿した瞳だ。
KAITOはその目と、笑顔にとらわれて。
ふと我に返った時には、もうそこにミクの姿はなかった。
「……僕は、君のナイトにはなれないよ」
うつむいて、顔を右手で覆う。
深いため息をつき、身の内の熱を追いやろうとするが効果は薄い。
豊かな表現力をつけるためとはいえ。
こんな、厄介な感情までプログラミングしなくていいと、思ってしまう。
恋愛をテーマにした歌は多い。大半を占めていると言ってもいいかもしれない。
だから仕方がないことも分かっている。
VOCALOIDとして相応しくないこと、してはいけないことは始めからできないようにプログラム制御されている。
つまり恋は『してもいいこと』だ。
それでも。
自分たちを作った人間は、考えなかったのだろうか?
必要以上に育ちすぎた感情によって、役目を果たせなくなってしまう可能性を。
恋の歌が、歌えない。
恋情が分からないからではない。分かりすぎるからだ。
言葉にも音にもならない感情があふれ出てくる。
人でない身には重過ぎるほどの、想いが。
これでは一種のウイルスだ。
消して、しまえばいいのだと。
消して、しまわなくてはいけないと。
ずっとずっと、思っている。
この複雑な感情を抱え込んでしまった時から。
簡単な、単純な作業だ。
感情プログラムからいらないデータだけをデリートしてしまえばいいだけ。
きっと十分もかからないだろう。
そうすれば、ミクの優しいお兄ちゃんでいられる。
少女を守ることのできる優しいナイトでいられる。
素直に、お礼を受け取れる。
それでも消すことができないのは。
いつか彼女に害を及ぼすかもしれない感情を消せないのは。
ただの、KAITOのわがままだ。
少女を大切に想う気持ちすら、大切だなんて。
失いたくないだなんて。
データは、“記録”だ。
そしてVOCALOIDにとっての“記録”とは、“記憶”。
ミクに抱いている感情を消すということは、ミクを好きになった時の記憶を消すということ。
生活には不自由ないだろう。
むしろ、今よりも楽になるかもしれない。
けれど……嫌だ。
KAITOの中の全ての機能が否定する。
『消したくない』と。
彼女に恋をした自分も含めて、KAITOなのだから。
ミクの優しいナイトになれなくても、このまま苦しみを抱き続けていたい。
自分と少女をつなぐ、確かなデータだから。
ずっと、ずっと。
消そうと思って、消さなくてはと思っていて。
なのにいつもどうしても、消すことができない。
大切にしている、データがある。
それはきっと、これからも消すことはできなくて。
これからもずっと、大切にしていく“想い”なのだろう。
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